世界はそれを逃避と呼ぶんだぜ
若者の課金離れ
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陽一

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けいおんSS。
律澪ちゅっちゅ。


「幸せポイント」



 さすがに付き合いも十数年になれば、澪がそれを本気で言っていることは分かった。
 彼女のお尻にホクロが三つあることまで知っている私だ、内心は手に取るように分かる。

「“幸せ過ぎて怖い”、……ね」
 私は何となしにそう呟いた。
 部屋の電気は消されており、視界は真っ黒に塗りつぶされている。体感では、今は深夜の二時くらいか。閉じられたカーテンからは、月明かりも差し込んで来ない。
 なのに、私の腕の中で眠る澪だけは、不思議とよく見えた。粉雪みたいに艶やかな白い肌は、まるでそれ自体が光り輝いているみたいだ。
「ん……りつ……」
 澪がかすかに寝息を漏らし、無意識のうちにか、体をさらに私の胸へとすり寄せてくる。
 一糸まとわぬ澪の肌は、冷えてしまったのか少し冷たい。
 風邪を引いてはいけないと思い、私はタオルケットを澪の胸元まで引き寄せる。それから、私も澪の背中に手を回して、彼女をそっと抱擁した。
 お互いにほとんど全裸の状態なので、澪の体温がダイレクトに伝わってくる。肌のきめ細かさも、息づかいも、黒髪の流れるような麗しさも、柔らかな石けんの香りに混じった、――愛し合った後の、特有の匂いも。
“幸せ過ぎて怖い”――と澪は、眠りに落ちる直前にそう言った。睡魔のせいか弱々しげに囁かれた言葉は、けれど確かな不安さを内包していた。
 今も、澪はまるで猫みたいに体を丸めて、私に体を密着させている。嫌な夢でも見ているのか、彼女の眉は決して愉快ではなさそうにひそめられている。
 だから私には、澪が決して笑い話の一環として、“怖い”と言ったわけではないことがよく分かった。
 そういえば、と思い返す。そういえば、そんな予兆は確かにあった。
 澪が私に送ってくれるふとした目線の中に、どこか――哀愁のようなものが混ざっていた。言葉にするほどではない、言われないと到底気づかないような、かすかな、でも確かな違和感。そんな微妙で矮小で複雑な感情が澪の中にあることを、どこか感じていた。
「こわい、か……」
 私は澪の髪を梳きながら、考え込む。
 何となく、その気持ちは分かった。
 私たちは、ふとしたきっかけでお互いの好意に気づき、付き合うことになった。
 それからずっと二人で隠れるようにして、恋人として過ごしてきた。
 人には話さなかったし、澪も「隠したほうがいい」と言ったので、その通りに日々を過ごした。
 登校日に学校に行くときには手を繋いで。だけど我慢できなくなって、部室で偶然二人きりになったらこっそりキスをしたりして。帰り道、デートと称してどこかに寄り道して。三日に一度のペースで、お互いの家に泊まって。一緒に時間を過ごして、お風呂に入って、それから部屋で――。
 こそこそとした関係ではあったけれど、私たちは、どうしようもなく幸せだった。
 だけど同時に、急激すぎる環境の変化に、心の奥底では不安がっているのだろう。
 別に誰に迷惑をかけているわけでもないのに、――“このままでいいのだろうか”、という、よく分からない閉塞感。
 大学受験が終わって、もうすぐ大学に進学する――という大きな環境の変化が待ちかまえているのも、それに拍車をかけているはずだ。
 その気持ちは、よく分かる。非常に、理解できる。
 だから。
 わたくし律っちゃんが、愛しの秋山澪しゃんのために取るべき行動は――

「――なら、もっと澪を怖がらせてやらなくちゃな!」

* * *

 翌日の朝。
 厚手のカーテンを通り抜けて、強い光が窓から射し込む。陽光に照らされて、部屋を舞う埃がダイヤモンドダストみたいに銀色に輝いている。
 澪より一足早く起きた私は、ベッドに腰掛けて彼女の髪を撫でていた。私は服を身につけているが、澪は当然寝たときのままなので裸である。ミケランジェロの彫刻みたいに均整の取れた体つきを、ずっと眺めていたい衝動には駆られたものの、風邪を引かせては申し訳ないので、きちんとタオルケットはかけてあげる。
 夜が明けるにつれて、夢は穏やかなものとなったのか、澪の寝顔は比較的安らかだった。伏せられた長いまつ毛と、つり目がちな目元は、澪の女性的な雰囲気を色濃くしている。綺麗なシンメトリーの目鼻立ちは、美人だなーと素直にそう思う。
 わたくしにはもったいないくらいの、素敵な彼女さんである。
 壁掛け時計を見ると、午前七時だった。
 ちなみに私は今起きたわけではなく、六時半にはベッドを出ていた。今日は学校の登校日なのだが、寝坊しがちな私にとっては早すぎる起床時間だ。
 夜遅くまでさんざんイチャコラしていたので、早起きするのは結構辛かったのだが、そこはそれ、愛しい彼女のために頑張った。
 というのも――
「……ん、りつぅ……」
 眠る澪が身じろぎをしながら、右手をベッドの上に這わせる。そこに本来いるべき私の気配がないことに気づいたのだろうか、澪はゆっくりまぶたを開けた。
「……あれ? なにやって……?」
 澪は目をこすり、タオルケットを掴みながら、ゆっくりと体を起こす。私の早起きが意外だったのか、寝ぼけながらもやや驚いた風だ。
「おはよ、澪」
 私は澪の髪を撫でながら、そっと抱き寄せて唇にキスをした。痺れるような甘い感覚が、私の脳髄に走る。
「……おはよう」
 キスではっきりと意識が覚醒したのか、唇を離したとき、澪の顔と口調はいつも通りの様子に戻っていた。が、その頬は僅かに朱色が走っている。
「……朝から、キスは、恥ずかしい」
 目線を私からそらして、ぼそぼそと澪は言う。
「なんでー? お姫様を起こすのはチューだって決まってるっしょ? ロミオ様」
「いやふつう逆だろ逆! なんでロミオが起こされるんだ! ……というか、あの劇のことを思い出させるなぁ……!」
 うう、と恨みがましく澪が私を睨む。
 どうも、お姫様はキスで起こされるのはお気に召さないようだ。よし、なら明日もキスで起こしてあげるとしよう。
「早く服着なよ。学校遅れちゃうぞー?」
「……分かった」
 言われて、自分が裸のままだということを思い出したのか、澪はいそいそとベッドから降りる。デリカシー抜群な律っちゃんは、さりげなく澪から目をそらしてあげた。
「……でも、律、どうしたんだ? こんなに早く起きるなんて。見たいテレビでもあったのか?」
 澪は私に背中を向け、下着をつけながら言った。
「ノンノン」
 ちっちっち、と指を振るわたし。
「お姫様のために、素敵な朝食を用意してございます」

* * *

「……律が作ったのか、これ」
「そだよん」
 服を着て、顔を洗ってきた澪は、リビングに来るなり目を丸くして驚いていた。
 テーブルに並ぶのは、豪華な料理の数々である。……といってもまあ、ご飯に焼き魚、煮物に味噌汁、サラダにフルーツ盛り合わせ――と、いつもより少しだけ手をかけただけなのだけれど。
 早起きしたのは料理を作るためだったのだよ。
「……おばさんとおじさんは?」
「昨日からいないって言ったろー。有給とって二人でどっか出かけてくるんだって」
「そうだったっけ……聡は?」
「朝練だー、っつってさっさと学校行っちゃったよ」
 誰もいないので、朝早くからキッチンで存分に腕をふるい放題だったわけだ。
「ほら、冷めないうちに食べようよ」
 澪の背中を押して、テーブルの前に座らせる。私もその隣に座った。付き合う前までは、大抵二人での食事のときは対面に座っていたのだが、最近はずっと隣だ。何故かって、そのほうが断然距離的に近いからだ。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
 少し浮かない顔で、澪は私に追従した。
「あれ、澪ん家ってパン派だったっけ? 朝から和食は重すぎちゃう感じ?」
「パン派だけど……和食も好きだぞ」
「おお、いいことだ。日本人なら米食え米!」
 私が促すと、澪はゆっくりとした動作で、料理を口に運ぶ。
 澪はこういうとき、最初に味噌汁から口をつける。どうもそれが和食を食べるときの正しいマナーらしい。それを身内同士の食事でも律儀に守っているのは、何とも澪らしいというか。
「どう? おいしい?」
 しばらく澪の様子を眺めてから、私は聞いた。
「……おいしい。うん。律の料理は、たいてい美味しいよ」
「そっか」
 料理の腕をほめられるのは、素直に嬉しい。けど、
「なのに、ずいぶん不安そうな顔してるのはなぜ?」
 澪は顔を俯きがちに、かつ非常に行儀よく焼き魚を口へと運んでいく。しかし眉はひそめられ、浮かない顔のままだ。
「…………」
 澪は口に運んだものをゆっくりと咀嚼したあとで、
「……幸せだ」
 と、ぽつりと言った。不安100%の顔で。
「の割には、全然幸せそうに見えないんだけど」
「違うんだ、律!」
 茶碗をテーブルにどんと置いて、澪はきっと私を見てきた。
「しっ、幸せポイントが増えてしまうんだ……!」
「……なんですか、その初出の概念は」
「幸せのポイント数だ! 今、私が感じてる幸せが、増えていくんだ……! うう、朝から律に美味しい料理を作ってもらえるなんて……! しかも、私のためにわざわざ早起きまでしたんだろ!? 嬉しいよ、ありがとう……!」
 という幸せに充ち満ちた台詞を、苦渋の表情で言う澪しゃん。恐ろしいまでの矛盾だ。
「……えと、それっていいことじゃないの?」
「悪いことだ! だって、“楽あれば苦あり”、って言うだろ! いいことがあった後には、絶対に振り戻しがあるんだ……!」
 本当に怒っているかのように、澪は瞳に熱をたぎらせていた。
「受験が終わって、無事に律と同じ大学にいけることになって……律とずっと一緒にいられるだけでも幸せなのに! 朝からこんな幸せポイントを増やすなんて……あああ、ばっ、バカ律!」
 なんだろう。私はいま、おそろしく理不尽なことで怒られている気がする。そしてどさくさに紛れて、結構胸キュンな告白をされたような気がする。
「うう、今日は一体どんな不幸があるんだ……!」
 と、今度は一転、叱られた子犬みたいに不安そうになって、俯く澪。すごい百面相だ。
 ううむ。“もっと怖がらせてやろう”とは思ってたけど、なんだろう、こんな澪を見るのは、ちょっと、いやすごく楽しいぞ?
 ようし。
「あ、澪、ほっぺにご飯粒ついてる」
「え、ど、どこ?」
 私は指で頬を指し示す――フリをして、そっと澪に顔を近づけて、そのまま頬にキスをした。
「とれたよ」
 にかっ、と笑みを返す。こんなキザな行動、まったく私らしくないんだけれど、澪の反応が楽しくなってきたので照れずにできた。ちなみにご飯粒がついているというのは嘘だ。
「あ、ぁ、あ……」
 澪は今キスされた頬をおさえて、わなわなと震えだした。顔がみるみるうちに赤くなる。キスなんてマウスツーマウスで何千回もしてるくせに、相変わらずウブなやつである。
 そんな澪の様子を微笑ましく思いつつ、私は茶碗をかきこむ。
 ――昨日眠る前に、澪のためにできることをいろいろと考えて、それから決意をした。
 幸せポイントの増加は、これからが本番だ。

* * *

 正直に言えば、不安がなかったと言えば嘘になる。
 けれどこれはきっと、澪にもっと幸せになってもらうためには、必要不可欠なことだから。
 澪の“幸せポイント”を期に、と言ってはなんだけど。
 大学に進学する前に――まだ高校にいるときに……梓を含めた軽音部が全員そろっているうちに、済ませておきたかったこと。
 それは――

 登校日。面倒くさい、と思いながらも、それでも軽音部がフルメンバーで集まれるので、結構楽しみにしてたりする日だ。
 授業は既になく、簡単なHRのあと、すぐに解散となった。あとは晴れて自由時間となるのだが――
「……ちょっといいか?」
「なーに、りっちゃん?」
 私は、教室に残っていた唯とムギを呼び寄せた。
 澪には席を外してもらっている。“和が生徒会室で呼んでたぞ”と適当に理由をつけて、追い出したのだ。
「突然、どうしたんですか?」
 HR中にメールで呼んでおいたので、梓も教室にやってきた。二年生はまだ授業をやっているが、合間合間の休み時間を見計らったのだ。
「いや、あのさ、実は、みんなに話したいことがあって」
「ほぇ?」
 不思議そうな唯の声。梓も同じ顔をしている。ただ、ムギだけは何故か全てを分かっていると言わんばかりの笑顔だった。
 私は少し早くなった鼓動を押さえつつ、深呼吸をしたあと、言った。
「実は――」

* * *

 それから時刻はお昼休み――私と澪は、部室へと向かっていた。
「和、別に私を呼んでなかったじゃないか。不思議な顔してたぞ」
「そうだっけ? じゃ、聞き間違えかな、あははー」
 ジト目で睨んでくる澪を、私は口笛を吹きながらいなす。
「怪しいな……私のいない間、何してたんだ……?」
「あはは、何もしてないってー」
「はっ、ま、まさか、浮気……!? そ、そうか、そんな“幸せポイント”の振り戻しが……!」
 澪は手で口をおさえて、愕然とした表情を浮かべる。
「……あの短時間でどうやって浮気しろって言うんですかい」
 とか何とか言いつつも、この三階の廊下は人気があまりないので、私と澪は手を繋ぎながら歩いている。指と指を一本ずつ絡めて、血流が伝わってきそうなくらいにぴったりと手のひらを密着させて。
「……でも、ホントに何してたんだよ、律……」
「さあねー?」
 爽やかに笑いを返して、お茶を濁す私。が、澪は実に不安そうだ。“振り戻し”があると本気で思っているのかもしれない。
 私達は、部室へと続く階段を上った。手すりに乗っかっているのんきそうな亀の作り物を撫でながら、部室へと向かう。
 たぶん、もう唯もムギも梓も揃っていることだろう。
 最上階まで上って、部室のドアを開く。
 そして――

 ぱぁん、と何かが破裂したような音と、紙ふぶきが私と澪を出迎えてくれた。
「おめでとー!」
「おめでとうございます」
「おめでとう、律っちゃん、澪ちゃん」
 唯、梓、ムギがそう言ってくれた。三人とも、手にはクラッカーを持っている。
「……わざわざクラッカーなんて持ってきてくれたのか」
 私が苦笑しながら言うと、ううん、と唯が首を振って、
「物置にたっくさん余ってたんだ! 使う機会ないし、ちょうどいいかなって!」
「……なんでそんなものあるんだ?」
 さぁ? と首を捻る唯。
「律? えっと……今日、誰かの誕生日だっけ?」
 と、横の澪が目を丸くしながら私に聞いてきた。
「違うけど?」
「え? じゃあ、何で……今日、お祝い事の日だったか……?」
 自分たちにクラッカーが向けられていたことに、まだ気づいていないらしい。
 やれやれ、と私が肩をすくめると、代わりに唯が説明してくれた。
「澪ちゃんおめでと! 律っちゃんと恋人になったんだってね!」
「………………は?」
 どストレートな唯の言葉に、ぽかんと口を大きく開く澪。
「私、前からずっと付き合ってるって思ってました」
 梓が呆れた様子で言う。けれど口元には小さく笑みがあって、彼女なりに祝福してくれているのが伺えた。
「うふふ、今日のお菓子はウェディングケーキよ~」
 一体いつの間に用意したのか、部室の奥からガラガラと台車を押して、ムギがでっかいケーキを持ってきた。さすがに披露宴で見るような本物のウェディングケーキ並に、とはいかなかったけれど、それでも二段重ねのショートケーキは大迫力で、高さも60センチくらいある。
「おはぁっ! ムギちゃん、すごいよ! こ、これ、全部食べていいのっ!?」
「ええ、今日はおめでたい日ですもの~」
「やったねあずにゃんっ!」
「に゛ゃっ!?」
 興奮した唯が、その勢いで梓に抱きついた。梓は“やめてください!”とぷんすか怒って、唯をぐいっと引き剥がす。
「……な、なんで……」
 と、はしゃぐ三人をよそに、澪がぽつりと呟いた。
「なんで、バレてるんだぁ……っ!?」
 澪が真っ青な顔で私に詰め寄り、がくがくと肩を揺さぶる。
 しかし私は冷静に、
「だって、私が話したから」
「はぁああああっ!? なっ、なんてことを……?!」
 澪は私から離れて、よろっと体を傾がせる。
「……ど、どうしよう……律との仲がバレたら……廃部……退学……離婚調停……そうだ、バレるわけにはいかない……!」
 何事か呟いたのち、澪は再び私の肩をがばっと掴み、
「律! このまま駆け落ちしよう! ストリートミュージシャンで路銀を稼ごう!」
「何考えてるか知らんが、落ち着け澪」
 ズビシっと頭に一チョップくれてやった。ドラムとベースでストリートミュージシャンってできるんだろうか?
 が、澪は落ち着くどころか半泣きになって、
「だ、だって! お、女の子同士で付き合ってるなんてバレたら、きっとみんなから引かれるに決まって――」
「引かないわ!」
 私と澪の間に割り込むようにして――ずいっと足を踏み出したのは、ムギだった。
「……あ、え?」
「引かないわ、澪ちゃん! まったく、ちっとも、一切引かないわ! むしろどんとこいです! だから、おめでとう!!」
「え? あ、は、はい……」
 ムギが澪の左手を両手で包み込み、ぶんぶんと上下に振る。澪はその勢いに気おされながら、私に目をやる。
 私は、“な?”と笑みを返してやった。
「……本人同士がそれで幸せなら、それでいいです。……私は、他人がとやかく言うべきじゃないと思います」
 梓は、少し照れくさそうにそう言った。普段と違ってそこに刺々しい感じは一切なく、とても穏やかで優しい声だった。
「おめでとー、二人とも! まさにラブアンドピースだよ!!」
 唯は底抜けに明るい笑顔で、両手を広げながら言った。
「……みんな、ほんとうに?」
 澪が、茫然とした様子で呟く。
「そーだぞ、澪。別に、誰も反対なんてしてないだろー?」
「で、でも、律……」
 澪が、再び不安そうにわなわな震えだした。本当に、見事なまでの百面相だ。
「みんなに認めてもらって、祝福される、なんて……し、幸せポイントが……」
「おー、増えろ増えろ、たっくさん増えるといいぞ!」
「だって……そんな、急に……なんて……っ」
 幸せポイントだなんだと言いながらも、皆から祝福されたことに感極まってしまったのか、ぐじゅぐじゅと澪は泣き出してしまった。
 そんな澪を……他の三人はとっても優しい目で見てくれた。
 澪だって、軽音部のみんなに話せるなら話したほうがいい、と考えてはいたはずだ。けれど思いもかけずに認められて、しかも祝福までされて――きっと、訳が分からなくなってしまったんだろう。
「うふふ、泣いてる暇なんてないわよ澪ちゃん。お祭りはまだまだこれからよ? 早くしないとケーキが冷めちゃうわ」
「なんと! それは大変だよ! あずにゃん、早くしないと!」
「先輩ケーキは冷めるものじゃありません」
 ムギが台車を押して、奥のテーブルへとケーキを持っていく。それから唯が、私達に手を差し出して、
「二人がどうなろうと、大切な放課後ティータイムのメンバーだよ!」
 ほら早く! と私達をせきたてる。
「澪、行こ?」
「……うん」
 鼻を大きくすすって、袖でぐっと目元を拭いて。
 それから澪は、ようやく安心したように小さく息を吐いた。
 私は澪の手を引いて、奥のテーブルへと向かった。

 みんなで食べたケーキは、とんでもなく美味しかった。
 ……けど、ムギが興味津々といった感じで、私と澪の関係を根掘り葉掘り聞いてくるのには辟易した。
 その間、唯はずっとニコニコと、梓は顔を赤くしていた。

* * *

 その日の帰り道――
「じゃーなー」
 いつもの交差点で、私達五人はそれぞれの帰路へ別れた。
 時刻は午後六時。既に日はかなり傾いている。あれから、練習もせずに随分とおしゃべりしてしまった。
「じゃーねー、お幸せにー!」
 唯が高らかにそう言って、ぶんぶんと手を振って帰って行った。梓とムギも、小さく手を振って去ってゆく。
「さって、私達も帰ろっか」
「…………」
「……澪?」
 踵を返そうとすると、澪は地面に根を張ったようにぴたりと止まってしまった。
「……律、どうして話しちゃったんだ?」
「え?」
 その小さな声は、怒るでもなく、咎めるでもなく――どこか怯えた様子だった。
「ちゃんと、みんなには隠そうって言っただろ……律も納得してくれたじゃないか」
「うん、そうしたほうがいいって思ったよ」
「だったら、なんで……」
 澪は、立ち止まったまま口をつぐんだ。何か、口の中でもごもごと言葉を転がしているような様子だったので、私は黙って続きを待った。
「……私、律といるのが一番好きなんだ」
 夕日のオレンジよりも赤い顔で、澪は言った。なんとも嬉しいことを言ってくれる。
 でも、と澪は言葉を続ける。
「同じくらい、……軽音部のみんなといるのが好きなんだよ」
 うん、と私は頷いた。それは、私も同じだ。……あの、温かくて優しいメンバーが、私も大好きだ。
「だから、それを壊したくなかったから、黙ってようって言ったんだ。……なのに、律……どうして……?」
 さっき散々泣いただろうに、澪は再び涙をこぼしはじめた。
 ……ちょっとだけ、説明不足だったかもしれない。少し反省。幸せにさせる、というコンセプトなのに、澪を悲しませては本末転倒だ。
「ごめん。澪に話さなかったのは謝るよ。……でもさ、」
 私は、ぽんぽんと澪の頭を撫でる。
「大丈夫だったっしょ?」
「……それは、そう、だけど」
 ずず、と澪は鼻をすすりながら、唇を尖らせる。
「それに、これでも私だって、色々考えてからの決断だったんだぞ」
 カミングアウトの決断の、直接のきっかけとなったのは、澪の“幸せポイント”の件を聞いてからだが……前々から、軽音部のみんなには話そうと考えていた。
 だけど今日、実際に唯たちに報告したのは、今になってこそ言えるが、かなり緊張をした。やっぱり辞めたほうがいいかも、って何度も思った。
 それでも告白に踏み切ったのは、澪だってみんなに祝福されたほうがいいだろうと思ったのと、それと――
「ちゃんと確証あったしな。……みんなが、私達に引いたりしない、って」
「……みんなが、優しいから?」
 違うよ、と私は首を振る。それがないわけじゃないけど……
「ほら、ムギは“ああいう”性格だろ。だから抵抗ないだろうし……絶対祝福してくれると思ったし」
「それは……まあ」
 目を逸らしながら澪が頷いた。澪も同意見らしい。だってあのムギだしなぁ。
「でも、唯はともかく、梓は……? その、梓のこと、信じてないわけじゃないけど……すごく真面目な性格だから」
 澪は上目遣いでそう言った。
 最初は私もそう感じた。あのしっかりしすぎている後輩は、絶対に反対するだろうと思った。
 けれど、そんなことはないと気づいたのは、ごく最近のこと。そしてその理由は至極単純で、
「だって梓、唯と付き合ってるし」
「…………へ?」
 顎が外れんばかりに、澪はぽっかーんと口を大きくあけた。
「まー、気づかなかったなんて、澪しゃん意外とドンカン?」
「い、い、い、いつからっ?」
「多分最近じゃないかなー。梓、やけに唯のスキンシップを拒否するようになったじゃん?」
「……そういえば、そうだな」
 さっき、唯が抱きつこうとしたとき、梓は大あわてで引きはがしていた。
「あれ、多分私達と同じで、付き合ってるのを隠そうとしてたんだと思うんだ」
 私たち幼馴染ーズは、長年の付き合いからお互いの距離感を完璧に把握していたので、隠すことは造作もなかったが……
「梓ってよくも悪くも真面目だからさー、“隠そう隠そう”って意思が前面に出すぎてて、明らかに自然なスキンシップでも、全部拒絶するようになったんだろーな」
 部室での梓は、唯と手が触れただけでもびくっとしていたし、肩に手を置かれても全力で振り払っていた。最初は喧嘩でもしたのかと少し不安になったが、なのに二人の間には一切の険悪さがなかった。
「というかこの前、部室で抱き合ってたしな」
「え、えぇっ!? あ、あの梓が……!?」
 意外だ、と澪は呟く。私も同感。あのツンツンっ子が、随分とデレたものだ。
 まあ、どんなアイスでもたちどころに溶けてしまいそうな、唯のほにゃほにゃ笑顔にあてられて、梓の心はゆっくりと氷解していったんだろう。
「だから名探偵律っちゃんさんは、確証を持ってカミングアウトしたわけなのですよ」
 はっはっはー、と胸を張る。
「……そっか」
 澪は、それだけ言った。それからまた百面相が始まって、怒っていいんだか喜んでいいんだか悲しんでいいんだか、といった色んな表情を行き来したあげく、
「……また、幸せポイントが、増える」
 最終的に落ち着いたのは、はにかむような笑みだった。
「あのさ、律」
「うん?」
「……嬉しかった」
 風に溶けてしまいそうなくらいさりげなく、だけどはっきりと。
「嬉しい。嬉しいんだ。嬉しいよ、律」
 一つ一つ、宝物を数え上げてゆくように、澪は大切そうに言った。
「みんなに、祝福してもらえるなんて……」
「うん。私も嬉しい」
 澪が、ゆっくり私にもたれかかってきた。私はそれを優しく受け止めて、背中をぽんぽんと叩いてやる。
「……ありがと」
 照れくさそうに言われたその言葉を聞けただけで、頑張ったかいがあったってもんだ。

 ……けどな、と私は、澪に見えないようにニヤリと笑う。
 まだまだ“先”があるんだぜ?

* * *

 お互いの家に泊まるのは、三日に一回にしようと二人で約束をしていた。そうしないと歯止めが利かなくなるから、と。
 だけど、ダメなのはお泊まりだけであって、別に互いの夕食の時間まで一緒に遊ぶのは問題がない。
 というわけで、私たちは毎日のように、暇さえあれば一緒に過ごしている。
 昨日は私の家に集まったので、今日は澪の家に向かうことになった。
 の、だが。

「あら、澪ちゃんおかえり、律っちゃんも~」
 秋山宅におじゃますると、澪のお母さんがリビングで出迎えてくれた。
 ――その手に、お赤飯がよそわれた、茶碗を持って。
「……あれ、今日、誰かの誕生日だったっけ、…………」
 そう言いかけた澪の動きが止まる。
 それから、ギギギ、と油の切れた機械みたいにぎこちない動きで、後ろの私を振り返った。
「……まさか、」
「澪ちゃん、律っちゃんと付き合うことになったんだって~? おめでとう~」
 澪のお母さんが、ニコニコ笑顔でそう仰ってくれた。
 私は、舌を出してピースサインを額の辺りに出して、
「澪のお母さんにも言っちった!」
 てへっ、と可愛く言ってみた。
 先ほど、メールを出して報告をしておいたのである。
「……ぁ、あ、ぁああ……」
 澪はプルプルと震えて、
「アホ――――――――ッ!」
 ごちん、と私の頭に拳骨を寄越してくれた。

* * *

 というわけでその夜は、なんだか知らない間に大宴会となった。秋山宅に田井中家もやってきて、そのままお祝いとなったのだ。
 両家の両親ともに、私達の仲を反対されることもなかった。うちの両親は、“うちのガサツな子をもらってくれるのは、澪ちゃんくらいよ”と言い、澪の両親は“うちの恥ずかしがり屋の澪を引っ張ってくれるのは、律っちゃんくらいよ”と言い、どちらもどうぞどうぞという感じだった。
 ……もちろん、全てが全て手放しに祝福されたわけではなかった。宴会を続けていくうちに、親たちにはお酒が入ってきて、本音がぼろぼろとこぼれだしてきた。
 本当は結構前から、両親達には私達の仲を気づかれていたらしい。まあ、尋常でないペースで、お互いの家に泊まりっこしていれば、当然といえば当然だけど。
 女同士ということもあり、世の中でやっていくためには色々と大変なこともあるだろう。だから、二人のことを考えれば、反対すべきなのではないか――と。
 けれどそれでも、ずっと前から幼馴染として一緒にいて、今も仲睦まじいままの私達を見ると、引き離すことなんて到底考えられなかった……らしい。
 それと秋山、田井中の父親側としては、どこの馬の骨とも知らん輩に娘を引き渡すよりは、気心の知れた幼馴染の可愛い友人に渡したほうがいいに決まっている、とよく分からないベクトルで納得された。
 途中から参加した私の弟、聡は、「姉ちゃんと澪さんが誰か別の人と付き合うなんて想像できなかったから、まあ、ある程度予想はしてたよ」とのこと。
 最終的に、うちの娘をよろしくお願いします、とお互いの両親が挨拶をして、宴会は終了となった。

「……ばかばかばか。バカ律」
 澪はベッドの上でクッションを抱きしめながら、私に背中を向けていた。
 お泊まりは三日に一回のはずだったけど、遠慮しねーで今日も泊まってけ泊まってけ、澪両親に言われたので、なし崩し的に今日も泊まることになってしまった。
 なのに、部屋に戻るなり澪はおむずかりである。
「澪、ごめんってばー。悪かったよー」
「……ばかばかばか」
 私が謝っても、つーんとした口調で取り付く島もない。
「ちゃんと、大丈夫だって確証あったから、お母さんたちにも告白したんだよー」
「……ばかばかばか」
「突然のことだったのは謝るけどさー……でも、ちゃんと大丈夫だったろ?」
「………………そう、だけど。ばか」
 私はベッドにのぼり、澪を背中から抱きしめた。彼女は少し肩を強張らせたけど、抵抗はしなかった。
「やっぱ、私、人に隠すのって苦手だ。堂々と付き合って、堂々と澪に好きだ、って言いたい」
「…………」
「……ちゃんと、みんなから祝福されたい。私はこんなに可愛い彼女と付き合ってるんだぞー、ってみんなに知って欲しいんだよ」
 澪は、ゆっくりと体の力を抜いていった。
「……私、だって。できることなら、そうしたい」
「だから、これからはそうしようよ。だってそっちのほうが、澪もいいだろ?」
「………………うん」
 消え入りそうな声で、澪は頷いた。体を倒して、私のほうへと寄りかかってくる。
「よかった。頑張ったかいがあったよ」
 澪の温もりを感じながら、私はそっと息を吐いた。カミングアウトするのは緊張したが、この作戦で一番肝心なのは、澪に喜んでもらえるかどうかだ。こっちが善意のつもりでも、澪を悲しませてしまっては元も子もない。だから、すごく安心した。
 けれど――
「……ぐすっ、ひっく」
 気づけば、私の腕の中で澪がまた泣き出していた。
「み、澪、どうかした?」
 驚いて澪に聞いた。
「……だって、……律が、こんなに、……私のために、動いてくれて、……私達の仲を、大切な人たちに認めてもらって、……」
 ぐずぐずになりながら、澪は何とか言葉を紡いでいく。
「なんで、こんな、風に、幸せにしてくれるんだ、よぉっ。……律と、いるだけで、死にそうなくらい幸せなのにっ、……幸せすぎて、怖いんだよ、律ぅ……っ」
 幸せすぎて怖い、と澪は言う。
 多分、それは冗談なんかじゃなく、本気で思っているからそう言うんだろう。
「こんな幸せ、壊れちゃいそうなくらい、怖い、のに……っ、どうして律は、もっと私を幸せにしようとしてくるんだよぉ……っ。ひどいよ、バカりつ……っ」
 ぎゅ、と澪が、首元に回した私の腕を強く握ってくる。少し痛いくらいに。
「そんなの、当たり前だろ」
「だから、どうして……っ」
 だって、と私は言う。
 そんなの、馬鹿馬鹿しいくらいに簡単な理由だ。

「好きな人にもっともっと幸せになって欲しいって思うのは、当然だろー?」

「…………」
 澪は、ぴたりと動きを止めた。
「澪がいつも怖いって言うってことはさ、つまり、私と一緒にいてくれること自体、幸せってことだろ? ……すっごく嬉しいんだ、澪」
 私の腕を強く握っていた、澪の力が弱まる。
「正直さ、澪にはもっと怖がってて欲しい。だって怖がれば怖がるほど、怖がりな澪は、私と離れられなくなるんだ。それって、いいサイクルだよな!」
 私が幸せにすればするほど澪は怖がり、誰かがいないと眠れなくなってしまう。つまり、私といつも一緒にいなければならなくなる。
「いやぁ、我ながら完璧な作戦だと思うよ。見事に引っかかったな澪、はっはっはー」
「…………」
 私が高笑いすると、澪は俯いて黙った。
「……みおしゃん?」
 ひょっとして呆れられてしまっただろうか、とちょっと不安になると、
「むぎゅっ!?」
 ぐるん、と勢いよく澪の体が半回転し、簡単な背負い投げの要領で、気づけば私はベッドに押し倒されていた。
「み、澪?」
「……ばかりつ」
 私の上、マウントポジションを取った澪は、涙目で私を睨んでくる。
「……律、“まんじゅうこわい”って落語、知ってるか」
「知ってるけど……」
 私がそう言うと、ふ、ふふふっふっふ、と澪は、明らかに不自然な笑みを浮かべて、
「じ、実はこれ、全部私の作戦だったんだ。幸せが怖いって言えば、きっと律が幸せにしてくれるって思ったからな!」
 あからさまに今考えましたよ、という言い訳に、思わず苦笑してしまう。
「この負けず嫌い」
「う、うるさい、バカ律!」
 何百回目くらいかの定型句を言ったあと、澪は、……ゆっくりと顔を下ろしてきた。
 そのまま深く、強く、キスをする。
 澪の胸から、穏やかな鼓動が伝わる。
 やわらかな息づかいが重なる。
 ――カチリ、と世界が時間を止める。
「澪、まだ、怖い?」
 唇を離したあと、私は澪の目をまっすぐに見て、聞いた。
「……うん。まだ、怖い。たぶんずっと、怖い」
 澪は答える。
 だから、

 ――ずっと一緒にいてよ、と。

 言葉は再び重ねた唇の中に溶けて、お互いの体内に優しく残響した。
 うん、と私は、口に出さずに呟く。

 なら一生、怖くなるくらいに幸せにしてあげるよ、って。
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