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 大不評連載中の俺得文章、DSについての雑感ですぅ。

前々回 前回

 まだ書いてなかった愛ルートと絵理ルートについて。
 今回もネタバレ満載です!

 愛ルートのテーマは、「自分を越えること」であると思う。

 愛は明るく前向きな少女ではあるが、反面コンプレックスを多く抱えていた。いつになってもオーディションに勝てず、才能がないと言われる始末。
 そして、母親がトップアイドルであるということ。常に偉大すぎる母の存在に、劣等感を抱いてきた。
 そんなコンプレックスから脱却する――愛ルートはそういう物語であったように思う。

 愛ルートを語る上でのキーワードは、「母」だ。
 そこでキーパーソンとなっているのが、まなみである。
 舞は、愛に対しずけずけと欠点を指摘する、母でありながらも、ある意味母親らしくない人間だった。
 しかしまなみはそのまったくの逆である。愛を認め、優しく手伝い、オーディションで不利だからと、涼や絵理にハンデを持たせようと試みるほどだ。彼女は「母性の象徴」であるキャラクターだ。
 が、まなみは物語の中盤、876プロを解雇され、愛のもとから離れていってしまう。
 愛は「母性」から切り離され、自立せざるを得なくなる。
 そして訪れる、後半、復帰した舞との直接対決。
 彼女は母を越え、コンプレックスを捨て、アイドルとして今度こそ一人立つ。
 まなみが仮に愛の側にいたままなら、ここまで「日高愛」というアイドルは完成しえなかっただろう。
 優しさを体現したまなみ、コンプレックスの大本としての舞。二つの「母」を越えてこそ、日高愛は日高愛として成り立つのだ。
 愛ルートのテーマは「自分を越えること」……同時に、「母を越えること」と言うこともできる。

* * *

 さて、話は変わって絵理ルート。愛ルートと同じく、広い意味での「自己実現」をテーマにしており、人と人との繋がりを重視した話だ。が、このルートのテーマというか本質は、実を言うと最初はそんなに分からなかった。
 絵理ルートのキーワードは「依存」であると思う。
 絵理は物語の冒頭、インターネットに「依存」していた。レゾンデートルが彼女にはそれしかなかったからだ。
 しかし、尾崎にスカウトされ、サイネリアがいうところの“リアルアイドル”になるにつれて、本当の生き甲斐を見つけてゆく。

 ……というのが流れなのだが、ぼくが疑問に思ったのは、エンディングで絵理は結局、尾崎に再び依存してしまうことだ。一人立ちしようと言う尾崎に対し、絵理は嫌だと言い、再び尾崎との関係を元に戻す。
 絵理は去ろうとする尾崎に、「こんなことなら一人でネットにこもっていたほうがよかった!(うろ覚え。ニュアンスはたぶん合ってるはず)」と言う。尾崎がいなければ、結局自分は引きこもっていたときと同じだ――と絵理自身、宣言してしまっている。
 結局、依存する対象がインターネットから尾崎へと変わっただけじゃん!

 ……と、ぼくは思っていたのだが、これは当初の解釈が間違っていた。絵理はきちんと変わっていて、成長している。
 石川社長は、絵理に「人と人とのつながりを大事にしろ」と言っていた。
 つまりはベクトルの違いである。
 絵理の住んでいたネットは、つまるところは自分と向き合う場所だ。もちろんアップロードした動画に人の反応はあるだろうが、彼らの表情は見えない。
 しかし、エンディングで絵理は、ネットの外でリアルアイドルとして活動し続けることを選ぶ。そして――尾崎との、人との繋がりの温かさを望む。
 内から外へと、絵理の向くベクトルが変わったわけだ。

 こう考えてみると、サイネリアの立ち位置は実に面白い。彼女はネットアイドルでありながら、「外」に開いていたアイドルだった。絵理と積極的にチャットをし、時たまオフ会を開いて人と繋がっていた。
 そんな彼女が、リアルアイドルを始めて外に繋がりはじめた絵理を、ネットに引き留めるのは何とも皮肉なものだ。
 サイネリアを越えることで、絵理は更なる決意を固めることになる。
 また、ネットでの絵理の信者も、尾崎と絵理を引き合わせるのに力を貸すことになる――ネット(内)から出て、街(外)へと繰り出して。

 絵理ルートとは結局、自分だけの世界から、人と繋がる世界を選ぶ……内から外への物語なのだ。
 これは依存ではなく、成長と言ってもいいのではないだろうか。

 以上のことを考えて、スタッフロール後の後日談を読むと、あのマトリョーシカおにぎりは、尾崎さんと“ずっと一緒”ってのを示唆してると思えて、なんかキュンってなるよね!
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